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2013年5月31日 (金)

荷風の「濹東綺譚」を読む

 
 「昭和十一年ころの玉の井の色町を背景として、わたくしなる人物と娼婦お雪
とのはかないえにしが、秋の季節の移り目とともに消え去ってゆくさまを詩情を
以て叙し、人物の性格や心理を描くよりも玉の井の謂うところの迷宮の風情を
香気漂う如くに描いた」(新潮文庫 秋庭太郎の解説)とある。

 東京の町のことはほとんど知らない。小説の書かれた昭和12年の頃の浅草、
江戸川など遊郭のあったという辺りについては当然知る由もない。主人公はお
雪に会いにこの隅田川にかかる幾つかの橋を渡ったりするが、往時の町並み
に少しでも心当たりがあれば、この小説の味わいは一層濃くなるだろう。
 

 関東大震災後の様変わりしつつある東京の町並みのことを知らなくても、何か
読ませるものがある。地方から上京した人たちが、近世から明治にかけて作り
上げられた東京らしさを徐々に変えてゆくことが書かれている。消費社会の始
まりを予感させる。

 「個人めいめいに他人より自分の方が優れているという事を人にも思わせ、ま
た自分でもそう信じたいと思っている・・・その心持です。優越を感じたいと思って
いる欲望です。明治時代に成長したわたくしにはこの心持がない。あったところ
で非常に少ないのです。これが大正時代に成長した現代人と、われわれの違う
ところですよ。」

 東京の人たちに、人を押しのけてでも自分を優先させるという傾向が見られる
のがこの頃からだというようなことも書かれていて興味深い。その傾向はやがて
国中に広がっていくことになるけれど。

 大正期に永井荷風は自宅を購入してから親類縁者はもとより文壇人とも新聞
社とも交渉を絶った。そし芸妓、私娼など女出入りが頻繁で愛妾も囲っていたと
いう。荷風の年譜にもそれと分る女性の名前が多く出てくる。結婚と離婚を2回
している。荷風は女性に何を求めていたのだろう。


 

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