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2013年3月10日 - 2013年3月16日

2013年3月15日 (金)

太宰の「津軽」を読んだ

 面白かった。
 「ヴィヨンの妻」、「人間失格」といった破綻した世界を抱えた男の物語をたて続
けに読んだ後だったせいか、長雨でびしょぬれになって歩いた後に晴天の下に
出たような気分だ。

 津軽の歴史や風土、人間性を、先人の遺した文献も紹介しつつ、批評し、矜持
や思い入れもまぶしながら披露している。 

 昭和19年、36歳の太宰が久しぶりに故郷に戻って弘前、蟹田、三厩、金木、
木造、深浦、鰺ヶ沢、五所川原、小泊を巡ったときの旅行記だが、先々で知己の
人と酒を飲み交わし、昔をしのび、今を語るそれが掛け合いのような面白味があ
り、所々で笑ってしまった。幼少時に乳母だったタケとの三十年ぶりの邂逅の場
面は印象的だ。

 これは小説なのだろうか。いやそれはともかく、最後はこんな結びだ。「私は虚
飾を行わなかった。読者をだましはしなかった。さらば読者よ。命あらばまた他日。
元気で行こう。絶望するな。では、失敬」。力がみなぎっている様を感じる。

2013年3月11日 (月)

「この国は原発事故から何を学んだのか」を読む

 原発に依存するのは怖い。多くの原発がそれこそ選んだかのように活断層上
に立地している、施設が老朽化すればなおのこと怖い。それも沿岸部にあるとい
うから地震後に津波が襲来すれば福島原発の二の舞になる。

 放射能をまき散らし、多くの人命をすり減らし、健康を歪め、生活を壊し、心を
捻じ曲げてしまう、依存度が大きければそれだけ私たちの生活に与える影響は
大きいものになる。テロの標的にされればどうなる。

 本は原発や福島の事故の実態を解説しているが、原発の構造といった部分に
はなかなか理解が及ばなかった。しかし、新たな視点が得られたように思う。そ
れは、原発の稼働が差別の上に立ってなされているということ。

 原発の立地地域に差別がみられる。(電気を大量に消費する東京ではなく、離
れた福島に作った。他の原発も同様)作業員とくに福島での事故終息作業にあ
たる作業員にも差別がある。(下請け、孫請け・・・七次、八次と続く請負体制の
最下層の作業員が被ばくの危険性が高い部分での作業を請け負っている)、そ
して危険度が高いにもかかわらず賃金の収奪(ピンハネ)体制下にあること・・・。

 電気による生活に必要以上の豊かさを見て、それに支えられている限り、「い
われのない犠牲を他者に負わせる原子力に依存する」、そのような関係を否応
なしに結ばされている。

 そういうことだったんだと、自身、そのような関係の中で電気生活をしていること
を知らされた。

 著者は小出裕章という原子力の専門家。原子力を研究しながら四十年以上に
わたり原子力に反対してきたという。2012年9月刊 幻冬舎ルネッサンス新書

2013年3月10日 (日)

あれから二年たったが

 宮城や福島の被災地で配偶者暴力が増えているという。長引く仮設住宅での
生活や同じ家族が離れて遠隔地で暮らすことを余儀なくされているうちに、相当
なストレスが被災者の心を襲っているのだろう。

 がんばらなくていいよと言われても、生活の再建のためには頑張らざるを得な
いだろうし、どこか無理してしまうことは誰にでもある。そこにストレスが生じる。
東京電力からの賠償金をもう使い果たしてしまう例もあり、それもストレスを増高
させるという。配偶者暴力は子供の心にも傷をつける。

 それが暴力である以上解消されなければならないにしても、第三者が責めた
りはできない。明日、満二年になるというのに、被災者対策がなかなか進んでい
ないようだ。被災地の役場職員の中にも、被災者から罵倒されたり、一向に対
策を進めることができないことで心を病み、さらには自死してしまう人もいるとい
う。

 二年前のあの日に大切なものを失い、日を置いてからも喪失は続いていたの
だろう。あれから二年経ったが、被災者には表には表れない苦悩が日々沈殿し
ているのだと思う。安らぎと笑顔の朝、それを本当に信じてよい日がやってくるの
はいつなのだろうか。

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