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2013年3月31日 - 2013年4月6日

2013年4月 1日 (月)

幸田文の「木」を読む

 数年前、図書館から借りた単行本で読んだことがある。何か心に残るものが
あって、間もなくして文庫本を買ったが、読まずにいた。

 えぞ松から始まってポプラまで、全体が十五に分かれている。なかでもえぞ松
や藤、ひのき、杉はよかった。北海道の演習林に出かけてえぞ松の倒木更新を
目の当たりにしたり、製材所で劣等のひのきの製材される様を見たり、屋久島で
雨に打たれた翌日、縄文杉を見てショックを感じたりしている。
 

 それらは六十代後半の幸田文が足場の悪い現場に足を運び、山を登り、若い
専門家に聞いたり教わったりして書いた。それだけにということか、言葉に勢い
を感じた。木や周りの風景を観察し、木に人格をみ、意志をくみ取るように思い
を入れて書いている。伐られた木は材木となって再び生きるが、そこにも生きも
のとしての木をみている。
 

 「藤」では、娘がほしがっていた藤を幸田が買ってやらなかったことで、父(露伴)
から徹底的に叱られた話が書かれている。ほしがっていた藤を買い与えてやれば
心の養いになるし、そこから興味はほかの木にも広がっていくかもしれない、それ
を値段が高いというだけで買わなかったとは、絶好の機会をなくしたではないかと、
父が子に教える姿をみせてくれて、とても興味深く、わたし自身教えられた。

 また、おもしろかったのは「えぞ松の更新」にみられる自在な擬態語だった。
 例えば「大木が、皮つきのまま、ずくんずくんと立てならべてある」、「ほつほつと、
まばらに音がしていた。(略)雫の落ちて、笹の葉を打つ音なのだった」、「まだひょ
ろひょろと細く若い木」、「一本ずつの木が三本、ひよひよと生きている」といった具
合で、何とも親しげにそれらをみ、耳を澄ましている様子がうかがえる。

 収録した十五の作品は1971年(67歳)から1984年(80歳)までの間に書か
れているが、後半の作品に高揚感があまり感じられなかったのは、年齢からくる
体力の衰えを映しているのかもしれない。

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