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2013年4月7日 - 2013年4月13日

2013年4月 9日 (火)

書肆えん「犬の詩」を読む

 先日、書肆えんが送ってくれた犬をテーマにしたミニアンソロジー。

 この詩集には詩が8篇、巻頭に菅江真澄の文、巻末に五城目出身の昭和
の作家矢田津世子の短文がおさめられている。

 詩作品の多くが、犬のもつ(人間にとっての)美徳をさまざまに数えて讃えて
いる。愛犬を見ていると、人は幾つになっても心が洗われ子供に帰るものらし
い。犬の眸や固有の仕草やクセなどの愛くるしさに、人は自分の愛情、親愛
の情を呼び起こされるものかもしれない。

 飼い主が語りかけるのをじっと待っている犬。語ればそれだけ犬も人も心を
通わせ絆は深くなるのだろう。また、その命の短さは、心を通わせてきた幾つ
ものエピソードを伴いつつ様々な哀惜を誘うのだろう。

 一方でこんなふうにも思った。飼い主が愛犬を語るという一方的な関係を逆
向きにして、愛犬に語らせたらどうなるか。

 犬語を翻訳して、人間より地面に近い目線で、飼い主である自分(人間)や
世界を観察している犬に、吾輩ハ犬デアル式に語らせる、そんな試みがある
とまた面白いような気がした。ただ猫と違って犬は、人間をかなり肯定的に語
るのかもしれないが。(ネコちゃん、ゴメン)

 ところで、巻末の矢田津世子の短文は、「私」がプッペ(犬の名)に誘われて、
夜、外に出た時の様子が書かれている。人家まばらなあたり一帯に白い靄が
たちこめている情景が描かれている。

 そこで「私」は理由なく微笑し、吐息を漏らし、涙ぐみ、定まらない気持ちに
なっている。傍らにはどこか頼りない「同行者」であるプッペがいて、「私」は心
細さを慰めてほしい気持ちになっている。

 この短文が書かれたのは昭和8年という。この年、小林多喜二は特高警察
によって虐待死し、「蟹工船」は発禁処分を受けた。そうした時代だった。白く
て先の見通しを妨げている靄は、時代の不安を象徴しているように読めてくる。

 それはそれとして、この短文を詩集に組み込んだのは、犬を自分の「同行者」
としてみる、そんな人と犬の関係もあることを示唆したかったからではないかと
推測した。

 いずれにしても、矢田津世子の文章を初めて読む機会が得られてよかった。

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