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2013年10月13日 - 2013年10月19日

2013年10月19日 (土)

蓼科へ行ってきた(4 今回の準備)

■準備

 自分でも意外だったが、大河原峠で飲んだコーヒーや山小屋での食事は別に
して、リュックに入れてきた水分はというと、ミネラルウォーターとスポーツ飲料
合わせて1リットルだった。不足だと思えば山小屋で補充するつもりだったが、
結果的に補充せずに済ませた。夏ならこうはいかなかったはずだ。
下山時にはミネラルウォーターが10分の1残っていた。インスタントラーメンに
手を付けなければならない場合を想定すると、300mlの余裕を残しておきたい。
やはり十分ではなかった。

 食糧は登山当日に買ったおにぎり2個とパン1個。リュックにはほかにインス
タントラーメン1個、バーナーセット。

 行動食はミックスナッツとドライフルーツ(マンゴー)。バテそうな時のためにア
ミノ酸を顆粒にしたスティックとあめ玉も持参した。アミノ酸は飲まなかった。
ほかは適当に口に入れた。

 
 衣類で今回新調したのはメッシュ状の肌着だ。これを着たすぐ上に体にぴった
りした吸汗速乾性素材の下着を重ねることで、汗をメッシュ肌着から下着に移し
て、肌に汗を残さないようにするというモノ。秋以降は汗冷え予防にと買っていく
リピーターが多いと専門店に勧められて購入したが、その効果は実感できた。

 クツの中敷きを替えた。これまでは足の左小指外側が下山時クツに当たって
多少とも痛みがあったが、中敷きを替えたことによって、意識することもなく下
山できた。

2013年10月18日 (金)

蓼科へ行ってきた(3 下山)

■大岳、北横岳から下山

 朝食は5時半から。ワカサギの甘煮一尾がメインで、梅干し、海苔、茗荷、あ
と・・・? だから今朝も質素だ。それでも昨夕のトン汁が多く残っているので自
由にどうぞ、という。さほど空腹でもないので自分はいいが、ほかの人はどうだ
ろう。昨日頼んでおいた昼食のおにぎり2個を受け取ってリュックに入れた。私
の隣人も頼んだらしいが、ご飯がないといわれたそうだ。私が最後だったようだ。

 その隣人、海野と名乗った後、大河原峠の方へ向かって去った。あんな気持
ちのいい人と出会えてよかった。またいつか何処かで会えるといい。

 7時10分山荘を出発、大岳へ向かう。気温10度。岩や木々の間を縫うよう
に、矢印を探しながら進む。高度を上げるにつれて岩が相手の路になる。もう
ストックは2本ともリュックの脇に収め、時に3点保持、時に四足で登る。岩を
跨ぎ、岩に抱きつき、膝をついて次の岩に立ち、岩と岩の間をすり抜けて登っ
ていく。

 天狗の露地で前を行く四人連れに追いついた。洟をかんでいるうち彼らは再
び先を行ったが、岩に書かれたペンキの矢印が真ん中で折れて方向を表示し
ている地点で、私は指示通りに曲がったが、いくら歩いても、先の四人の姿が
見えない。その先でも気配がないので、彼らは多分あの地点で、方向を見誤っ
て直進したのだと思った。しかし、いずれ行き止まりになり、あのポイントまで引
き返しで修正して来るだろうと決めて、まずは進んでいく。

 大岳分岐から大岳に向かう。山頂着9時ちょうど。標高2,383m。吹きさらし
のところは今日も強風が冷たい。山座同定する気にもならない。分岐に戻った
ところで、あの四人がやってきたので安堵した。

 これから先、北横岳まで大きな登りはないが、岩をこなしていく。やがて七ツ
池を望めるポイントがあり、そこを過ぎると10時10分、北横岳到着。標高2,
472.5m。20人ほどが弁当を開いたり眺望を楽しんでいた。彼らの多くはロ
ープウェイで登って来たのだろう。

 ここから先は東北の山にもあるような岩や木の根の張った道を下る。それに
しても私はなんでこうも下りが下手なのだろう。

 1時間で亀甲池に着く。休憩。天祥寺原から先は北横岳と蓼科山を左右に
見上げながら枯れ沢沿いのゆったりした路を下る。今朝から越したり越された
りしてきた男性3人連れと、この先でも越したり越されたりして、顔見知りにな
り何やら親しく挨拶したりしているうち、13時40分とうとう下山口である竜源
橋に着いた。

 ここから車道(ビーナスライン)の端を車を避けながら登ること20分、ようや
く昨日の出発地点(登山口)に到着した。14時ちょうどだった。

 これから、霧ケ峰の周縁部にあるヒュッテに向かい、明日は車山に登る。

蓼科へ行ってきた(2 双子池山荘へ)

■双子池山荘へ

 これから大河原峠、双子山山頂を踏んで双子池山荘へ向かう。好天に恵まれ
連休にも当たっているため登山者が多い。蓼科山と蓼科山荘のある将軍平を経
由し、7合目登山口とを結ぶコースが人気があるようだ。

 蓼科山荘前で休憩し、12時30分大河原峠へ向けて出発。ようやく静かな山道
となる。途中で会ったといえば若いカップルと一人登山者二人のみだった。縞枯
れの林の中を下った。

 大河原峠着13時40分。ここは蓼科スカイライン上にあって、ヒュッテのほか駐
車場、売店、トイレがある。売店でコーヒーを注文し体を温めた。売店の中の金
属の柵の中を黒毛の犬がぐるぐる歩き回っていた。登山をしている自分の目に
は柵のなかの犬が気の毒に見えた。

 峠から再び登り始めて、双子山には14時40分着。当たりの笹は丈が短く15
センチほどしかない。多分この辺りは、かなりの風衝地で笹もそれ以上成長でき
ないのだろう。そういえば、先ほど蓼科山からの下りで、他とは違った色の平坦
部が見えていたが、ここだったのではないか。

 針葉樹の中を下っていくうち、右手に見える大岳、北横岳が大きく高く見えてく
る。明日はあそこかと思うと、登る気がくじけそうになる。

 15時20分双子池山荘到着。雄池、雌池の中間に立つ山荘だ。先着組が談笑
したりビールを飲んだりしている。受付を済ませ、自分の寝る場所を案内されたら、
さあ、こっちもビールだビールだ。つまみには持参してきたミックスナッツがある。
池の周囲の木々は紅葉が始まり、水面にその赤が映えていてきれいだ。

■山荘にて

 大広間では雑魚寝だが、七、八人ずつ二列にきちんと布団が準備されている。
自分のは奥の方、布団溜まりのようなスペースの近くをあてがわれた。傍にトイ
レ入り口があってトイレくさい。

 夕食は野菜の天麩羅と漬物でいたって質素。トン汁はお替り自由だから、ま、
いいか。食事が終わったのが18時ころ、さて寝るまで何をするかが問題。冷た
い布団に足を入れているうち徐々に温まってきた。トイレくさい。

 私の隣は、東京から来た年配の男性。北八ヶ岳ロープウェイを使って北横岳
経由でこの山荘まで下ってきたという。百名山はもう40以上登ったらしい。ある
山では、バランスを崩して危うく崖から転落しそうになったところを、近くの人か
ら支えられて事なきを得たらしい。その時に履いていたズボンは裂けたといい、
それを見せてもらったが、縦50センチくらいの修繕がされていた。まるで脚を
手術した後の縫合跡のように見えてしまった。冬もテント泊で登るらしく、今回
はツェルトを持参しているといい、私にも登山にツェルトの携行を勧めた。百名
山クラスの山行ともなれば必要かもしれない。

 その人72歳だと言うので驚く。思わず、自分もそうありたい、70歳代になって
も登山をしていたい、と口に出していた。

 向かいの方では若い男女数人が話している。聞くともなく聞いていると、私の
隣に新たに布団をあてがわれた女性二人が、急に姿が見えなくなったが、彼
女たちは予約もなしに泊まりに来たのに、急にロープウェイ駅の近くのペンショ
ンに泊まることになっているので、といってそそくさと出ていったらしい。

 山荘の主人は立腹していたが、これから暗くなろうとする時間に竜源橋まで下
りていくなんてできっこない、日中でも2時間半かかるし、下山できてもペンショ
ンのあるところまで1時間近くかかるだろう。山中に泊まる道具も持っていないよ
うだし、これははっきり言えば遭難です。・・・そんな話をして、話題はまた別の方
に移って行った。

蓼科へ行ってきた(1 蓼科山へ)

■八ヶ岳眺望

 諏訪サービスエリア(SA)から諏訪湖を見ようと思っていた。しかし、近づいて
いくうちに気がついた。湖より何よりあれは八ヶ岳ではないか。一昨年、諏訪SA
から諏訪湖を見下ろしたことがあって、それしか頭になかった。第一、八ヶ岳が
ここから見えるとは思わなかった。思えば、あの日は天候が悪かったため、雲に
隠れていたのだろう。それがこんなにもはっきりと横岳、赤岳、権現岳、編笠山
があり、そこから右へなだらかな稜線が麓へ下っている。その山々は、茅野市
内に入ってから、街並みのちょっとした隙間から垣間見ることができた。

 市内で「諏訪市内の標高763m」という看板を見つけた。今回の旅から戻っ
て調べてみると、日本の市で標高が最も高いのは隣接する茅野市で801m
(市役所)だとあった。

  一泊した市内の宿の女将から行く先を尋ねられて、蓼科山だというと、アア
お山ネ、という。登山のガイドブックによれば、女ノ神山(めのかみやま)とか飯
盛山、おそなえ山などといわれているようだが、諏訪富士というのが通称のよ
うだ。ただ、この地の人たちの間では親しみを込めて「お山」と呼ばれているの
だろう。

■蓼科山へ

 7時宿発。途中コンビニでおにぎり2個、カレーパン1個、ミネラルウォーター
とスポーツ飲料を各500mlを購入した。ビーナスラインを北西へ走って40分、
登山口に到着。ここは標高1,720m。すでに20台ほどの先着車があった。

8時05分出発。快晴、気温12度。爽やかな笹路を行く。クマの出没はまず
心配いらない。それは、とりわけ一人登山の場合かなり大きな安心感につな
がる。山に来れたことの有難さを胸いっぱいに呼吸する。

 路は北東に向かって延びている。コナラの林は徐々にカラマツに変わる。そ
して、岩が多くなってくる。岩を踏んだり避けたりしつつ登るうちに、風が強くな
ってきたので雨具を着る。その後、雨具をフリースジャケットに替えたり半袖
にしたり、戻したりといしながら、それでも高度を上げていく。

 前方から人の声がしたので見上げると、岩塊が斜面を覆っているのが見え
た。岩だらけ、この山は全くの岩だらけの山頂なのか。鳥海山新山の頂上部と
似ているが、こちらの方が広大で、登りやすいようにも思う。しかし、風がかな
り強いので姿勢を低くする。若夫婦が連れてきた幼児が泣きわめいて、親は手
こずっているようだ。

 不安定な足場だがロープと支柱を頼りに右斜め上方に回り込んで進むうちに
山荘が見えた。

 10時40分、山頂(標高2,530m)着。登山口からの標高差約800mは秋
田・太平山と旭又口との標高差と似たようなもので、登山時間も2時間半で同
じだ。とはいっても、今見えている浅間山や八ヶ岳、遠くは鹿島槍と思われる
山など3、000mクラスの名だたる山並みをほぼ同等の目の高さで見ている
と、高度感は明らかに違う。

 山頂はかなり広く平らで一面岩が散らばっている。その中程に鳥居が見え
た。飛び石伝いにその蓼科神社奥宮に行き、賽銭を投じて登山の安全を祈
願した。この広い山頂部が火口部分だと、実は帰宅後にガイドブックを見て
知った。

 気温8度。蓼科山頂ヒュッテに入って、ズボンの下にタイツを履き、上は肌
着をもう一枚着込んでから山頂を発った。
 

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