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2013年11月17日 - 2013年11月23日

2013年11月18日 (月)

パウロ・コエーリョの「アルケミスト」を読む

 角川文庫本。パウロ・コエーリョは1947年ブラジル生まれの作家。表題の
「アルケミスト」は錬金術師の意味。

 羊飼いの少年がスペイン南部のアンダルシア地方からエジプト・ピラミッドの
手前まで旅する物語。旅の途中で出会う人たちから様々な哲学的な暗示を受
けながら、夢を実現しようとして旅を続ける。

 夢・・・この馴染むことなかった、他人事のような言葉に,いま、出会ってしまっ
た。壮大な夢どころか身の丈に合った夢も・・・夢といえるようなものをもつこと
はなかった。このことの幸か不幸かの判別はさておき、この小説の中では、主
人公の少年よりもむしろ、数人の大人がもつ感慨を共有しているといえる。

 それは、世界を旅したいという夢も生活のために後回しにしてきた少年の父
親だったり、人生にこれ以上何も望んでいないのに、夢の実現に向かっている
少年をみていると、自分にも可能性がありながら意欲がない自分を見出してし
まい、自身不幸になっていく気がする、という商人だったりする。商人は夢の実
現のために行動を起こすことなく、夢を一生の間夢見ている方がよいと思い続
けている。

 また、錬金術師が主人公に、「夢を追及してゆくと、おまえが今までに得たも
のをすべて失うかもしれないと、心は恐れている」と語り、また主人公自身もこ
う思う。「自分の一番大切な夢を追及するのがこわいのです。自分はそれに値
しないと感じているか、自分はそれを達成できないと感じているから」。

 夢を見てその実現のために努力することの貴さは誰も否定できないけれども、
万事塞翁が馬、その時には勇気が要る、知恵も意志も要る。そのようなことを
心のどこかで斥けてきたのだろうか。それだけ臆病だったのだろうか。鈍(なま
くら)ではあった。

 ホントにホントに夢を抱くようなこともなくとうに盛りを過ぎてしまった。ただ、
今からでも身の丈、歳の丈の夢なら始められる・・・ってか。《そのこと》を夢と
意識することから始めようかい。・・・そのこと・・・そのこと・・・ムフッ。

 次のような言葉があった。夢の前で踏みとどまっている人が読んだら、前へ
出てゆけるかもしれない。「傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつら
いものだ。夢を追及している時は、心は決して傷つかない。それは追及の一
瞬一瞬が神との出会いであり、永遠との出会いだから」

 「神」とか「永遠」という言葉に違和感があるなら「自分を信じる意志」と読み
替えてもよいように感じる。

 
 

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