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2013年2月17日 - 2013年2月23日

2013年2月23日 (土)

「リトルジョンの静かな一日」を読む(1)

 ハワード・オーウェン作入江真佐子訳早川書房1995年刊
 

 アメリカ、ノースカロライナ州に住む82歳の農夫リトルジョンの回想。

 1906年に6人兄弟の末っ子で生まれる。いくら文字を練習し覚えようとして
もできず、自分の名前すら書けないことで教師からさらし者にされ、屈辱に耐え
きれずに学校をやめ、父の仕事を手伝ってタバコ栽培など畑仕事に打ち込むよ
うになる。
 少年のころ、仲の良かった3歳上の兄が死んでしまうが、主人公は折々に兄
の亡霊と対話をしながら成長する。
 30歳代に第一次大戦が始まると、ドイツ進攻に従軍。帰国後、40歳で17歳
年下の女性と結婚する。妻の教えでこれまで書けなかった文字が書けるように
なる。
 

 この小説は15章で構成され、それぞれ語り手(回想する人)が分かれている。
おおむねリトルジョンの回想だが、娘のジョージアや孫のジャスティンの回想が
織り込まれる。そのため、誰の回想なのか惑わされるが、次第に家族の歴史や
リトルジョンの実直で敬虔な人柄が伝わってくる。


リトルジョンの静かな一日

 
 兄を何度も偲ぶリトルジョンだが、16歳の時に、兄を死なせたのが自分であ
ることを回想する。誤って銃で撃ってしまったのだった。偶発的とはいえ取り返
しのつかないことだった。「シカと間違えて撃ってしまった」という嘘を、家族は
半信半疑のまま受け取って埋葬した。保安官は、兄を撃っておいて、シカと間
違えたと嘘をつくバカはいないだろうと思ったようだった。

 とはいえ、六十六年もの間、自分の中に押し隠してきた苦しみはいかばかり
だったかと、読みながら私は想像している。

 さらにリトルジョンは、ある日亡き兄のアルバムに挟まれていた一枚の写真を
手に取る。写真には兄の恋人が映っていたが、その顔の中に、自分の妻の面
影を見出してしまう。リトルジョンは兄の子を妻にしていたことを知ることになる。

 小説の冒頭で、リトルジョンは夢を見ている。貯水池の水の上を歩いて、死ん
で今はいない家族や兄たちや妻のいる方に近づこうとしている。が、沈み始め、
水の底にある炎の方に落ちてゆく。

 終結部でも似たような夢を見ている。水の上にいるリトルジョンに、元気で幸
せそうな母や若々しい父、リトルジョンが惹かれた女性や兄の恋人、そして妻
が見えている。自分が撃ってしまった兄がいる。この夢は、主人公が兄の腰に
手を回すと兄も自分の腰に手を回し光のほうに向かって歩いてゆくシーンで終
わる。

 小説のこの終わりは、リトルジョンがこの夢の中に入って行ってもう戻ってこな
いことを読者に知らせる。

 

2013年2月17日 (日)

「マクリーンの川」に真木渓谷を思い浮かべた

 昼食後、ストーブの前で読み止しの本を膝に乗せたまま居眠りをしてしまった。
一度目が覚め、本を読みかけたが、また眠っていた。なぜこうも眠いのか、疲れ
ているのか。思いあたる節を探ると、一昨昨日、御所野テルサのトレーニングマ
シンで走ったこと、それだ。

 11月に日本海の見える歩道を走って以来、2か月半ぶりに走った。30分だっ
たが、あれしか考えられない。あの程度の運動をしただけで、3日後に疲れがき
て眠くなってしまうものかと、体力の“衰え”とは言いたくない、“低下”といったら
よいか(同じか)・・・を感じた。

 「マクリーンの川」(ノーマン・マクリーン著集英社刊)
 アルバイトで森林警備員をやり、後年大学教授で教壇に立ったアメリカ人。教
職引退後74歳のときに書いた自伝的小説で処女作。

 小説の終わりになってわかるのだが、弟は不慮の死を遂げてしまう。性格や暮
らしぶりの固い兄は、酒好きでどこか屈折している弟に距離を感じているが、互
いに認め合う兄弟だ。父も弟も自分もフライフィッシングをやるが、腕前は弟の方
に一目も二目も置いている。釣竿やフライの操作に磨きあげられた技の巧みさや
美しさに脱帽する兄(作者)。

 川面に光る水の輝きや川原に吹く風も感じる。

 
 釣りは門外漢なのでわからないし、アメリカモンタナ州になど行ったこともない
けれども、例えば真木渓谷の川原の風景を思い浮かべながら読んだ。強い陽光
が川原に満ち、繁みには濃い影が落ちている。流れの段差には白い飛沫が上
がり、ゴーとした流れの音があたり一帯を支配している。そんな風景。

 この本はロバート・レッドフォードが主演した映画の原作になっている。その映
画の予告編を十年以上も前だったかに見たことがある。逆光の中でフライフィッ
シングの糸が宙を白くうねって川面に放たれているシーンが美しかったことを覚
えている。
 

 とすると、私の中では真木渓谷でロバートレッドフォードが釣りをしていることに
・・・。

 この自伝の舞台はアメリカモンタナ州。カナダと国境を接していてロッキー山脈
の東にある。昔から自然の美しいところのようだ。しかしその森林地帯では製材
と製紙の原料となる森林がかなり伐採されたり火災の発生も多いという。気候の
温暖化の影響で降雨量が少なく、一般家庭では水が不足しているところもあるよ
うだ。

 

 

書肆えん「続秋田詩花」を読む

 先日、「書肆えん」から詩集『続秋田詩花』が送られてきた。秋田で詩を書き、
または以前秋田で詩を書いていた女性たちが書いた詩を集めたものだ。続と
あるのは1970年に「秋田詩花」が刊行されたその続編という位置づけだから
だと思う。

 私も1970年のころから詩作を始め、10年くらい同人誌に詩を出していた。
詩作をやめて大分になるが、石田さんは当時同じ同人だったし、他の同人誌
に詩を書いて名前を知っている女性たちもここに作品を出している。

 今は故人となった人の詩が冒頭を飾っている。とくに泉谷連子さんの詩は重
さや迷いがなく自由で、みずみずしさが感じられる。

 現役の人の中では・・・
 「時空をこえて」の最終連、そして末尾の「はるかに ほそい水のように流れ
ていきたい」
 「遊戯」のなかの「生まれた場所の/水のほとりで/帰る道を問われる そ
んな道はあったのだろうか」・・・。いいネ、さわってくるね。

 ここに作品を出した人たちは40人弱だが、平均年齢72歳だとあとがきに書
かれている。若い人でも48歳。詩を書く若い人が少ないのだと思う。

 地元紙の投稿詩の欄でも、若い人の出品は少ないように感じていた。作品の
傾向としては日々送る生活に根差した感情を土台にしている詩が多い。また、
生活や労働を通して政治の貧困を批判的にとらえる作品も見られる。

 いま手元に届いた詩集の作品に、それらの色は薄い。母親や夫との関わりを
書いたり、なかには隣国の従軍慰安婦問題に心を痛める作品もある。地元の
民俗行事に主体的にかかわることで生の感触を獲得している作品、また、老
境を迎えた自分の生を確認するものや、永遠なものへの憧憬ともいえる表現も
あった。

 巻末に年表が載っている。1931年以降の秋田の女性が発刊した詩集をた
んねんに拾い上げて整理されている。この年表づくり自体がエネルギーの要る
貴重な作業だったことは明白だ。何と多くの女性たちが詩の中に生を投影させ
ようとしてきたことだろう。過去に発刊された詩集に再び現在の光が当てられ、
その連綿とした流れの先端部分となる「現在」につながり、今、その花を咲か
せているのがこの詩集の詩作者たちだと示しているようだ。

 秋田で詩を書き続ける人たちの記念碑がまた一本建ったということ。


 

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