« 2013年2月17日 - 2013年2月23日 | トップページ | 2013年3月3日 - 2013年3月9日 »

2013年2月24日 - 2013年3月2日

2013年2月24日 (日)

「リトルジョンの静かな一日」を読む(3)

 第14章にある言葉・・・
    ときどきわたしはこう思う。本当に消え去ってしまうものなど何もない
   のだ。わたしらが何をやるにしても、長い人生のあいだで必ず何らか
   の答えはかえってくるものなのだ、と。

 
 そう思う。因果応報という言葉を連想する。だからその都度都度に身ぎ
れいにしておけばよかった・・・。
 魔がさしてというか面倒がって放置しておいたりサ、人付き合いの下手な
故に欠いてはならない義理を欠かしたりサ、独りよがりの世界に潜って他
を見なかったりサ、そこできちんと対応しておけばよかったと思っても、もう
時計の針は戻せない。

 現在がリトルジョンのいうその「答え」なのだといえそうだ。しかし、「答え」
はこれから何度も形を変えて返ってくると思っておいた方がよい。

 リトルジョンが死の間際に見た夢の明るさを、そのときには自分も得るこ
とができるんだろうか・・・。なハんちゃって。

「リトルジョンの静かな一日」を読む(2)

 第8章でリトルジョンは自分の一生を貫いてきた思いを述べている。

    だいじなことは、一生懸命働けば自分にも何らかの価値があると
  感じることができたということだ。ほとんどの人が私を知恵おくれだと
  思い何もうまくはできないだろう思っていた時も、畑で誰よりも一生懸
  命働くことで(略)字が読めないことの埋め合わせをしようとしてきた。
  こういう努力を続ければ、(略)ひょっとしたらみんなもいつかは私が
  自分の兄を殺してしまったことを忘れてくれるのではないか。自分で
  も忘れることができるのではないか、と思っていたのだ。・・・(略)・・・
   ここから逃げ出すことも考えた。しかし、レイフ(兄)のことがあって
  も、みんなが押し黙ってしまっても、墓が目について仕方がなくても、
  ここが私の家だった。この家はただ父さんと母さんと皆がいるという
  だけではなかった。この場所自体が私にはかけがえのないものだっ
  た。

 
 
 他人の嘲笑の的となる欠点があっても、また、自分の不注意で取り返
しのつかない過ちを犯しても、そうした過去をそのまま受け止めて生き
る。リトルジョンの真っ正直な生き方だ。

 孫のジャスティンに向かって「レイフ」と呼びかけることがよくあるという。
レイフとは亡き兄の名だ。兄の名が口癖になって出てくるくらいにリトル
ジョンは、日々、亡き兄に語りかけ問いかけて日々を重ねてきた。亡き兄
とともに生きてきた。

 兄と話をしているその時間が、罪の中心にいて、中心にいるからこそ
台風の目の中が無風であるように、安らかなひとときだった。また、兄
が短か過ぎる一生を生きたこの土地で自分が生きることで兄も生きる、
そんな思いも感じる。
 

 自分の妻が、兄と兄の恋人との間にできた子であったと知ったときの
驚き。そういう運命が与えられる人生もあるのだろう。

 7月31日の夢のなかでリトルジョンは炎の中に落ちていった。8月8日
に一日をかけて自分の一生を語り、語り尽くした後に再び夢を見る。もう
炎を見ることはなく、池の水の上に家族がいて、妻とレイフの恋人がいる、
そんな中をレイフと連れ立って光の方に向かって歩いて行く。
 いい終わり方だ。リトルジョンは無垢になったように歩いていく。あちらの
明るい世界への旅立ち。
 

 死に方について、昨年読んだ「イワン・イリイッチの死」を思い出してい
た。死の淵にあって自分の人生や周囲の人間への懐疑心に苛まれるが、
息を引き取る直前になってようやく吹っ切れたように悟る姿が描かれて
いた。



 
 
 

« 2013年2月17日 - 2013年2月23日 | トップページ | 2013年3月3日 - 2013年3月9日 »