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2014年10月14日 (火)

ジュンパ・ラヒリ「低地」を読む

 新聞の書評欄に目を引く表現の見出しで紹介されていたので読む気になっ
た。主な登場人物は、インド人の兄と弟、弟の妻と子。

 この妻が妊娠しているさなかに、テロ活動をしていた弟が殺害される。留学
先のアメリカから故郷インドに戻った兄が、この義妹に勧め(誘い)て渡米し、
その後、結婚する。弟の妻にとっては義兄との再婚になる。妻は女児を出産
するが、この娘は死んだ弟の子であり、兄にとっては姪に当たる。

 やがて妻は学問(哲学)に没頭し、育児は夫にまかせっきりになる。兄弟の
母親がインドで亡くなったという知らせで夫は娘を連れて帰郷するが、その
間に、妻は失踪してしまう。この失踪をどう理解したらよいか。

 兄と弟の死別、弟とその妻の死別、兄にとっても弟の妻にとってもインドを
離れることは故郷との離別ということになるだろうか。妻が失踪することであ
らわになる家族の離散、娘が家を出てから見ず知らずの男との間にできた
子を産み、育て、再び兄(娘の叔父)と暮らし始める。そして兄はついに自分
たちが叔父と姪の関係であることを打ち明ける。・・・こんなストーリー。

 なぜ妻は夫と実の娘をおいて失踪したか。妻は二人の家族から遠く離れて
暮らしてきたが、故郷のインドに40年ぶりに戻り、弟(妻の最初の夫)が銃殺
された現場に立ち、弟(夫)との出会いを回想し、弟(夫)が権力から銃殺され
た場面を回想する。自分の人生のすべての始まりはそこにあったのではない
か。兄弟の兄の方ではなく亡くなった弟が自分の夫であり、彼と娘と三人で暮
らしたかった、という思いに蓋をして生きてきたのではないか。弟(夫)の兄と
アメリカに渡って娘と三人で暮らし始めたのだったが、真実の手触りを欠いた
まま日々を重ねているだけではないのか。

 この小説の主人公を兄弟の兄の方であるように読んでいくうちに、実は妻の
方ではないかという気もしてくる。しかし、兄と弟も、二人の親も、弟の妻と娘
も、生きていることその中にすでに離別を抱いている。そんなふうに読むと、人
がその日迎える朝も、夕暮れも、別離の風が吹いている・・・そんな思いがして
くる。

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