« 2014年4月6日 - 2014年4月12日 | トップページ | 2014年6月1日 - 2014年6月7日 »

2014年5月25日 - 2014年5月31日

2014年5月31日 (土)

前田勉詩集「橋上譚」を読む(3)

★「松風ざわめいて」
 生家の近くの神社に来た。以前、この松に囲まれた神社に「君達」を連れてき
たことがあった。そのとき・・・ざわざわとびゅうんびゅんと松風がうなり大きな幹
が揺れる音に驚き、太い幹がゆらりと揺れる様を怖がっていた。そんな年頃の
「君達」だった。「二人とも両手で耳をふさいで/何かを言った」が「何を言ったの
か/何かを叫んだのか」自分には聞こえなかった。

 一方、幼年期の自分と今の自分が遠い時間を超えて混ざり合う。子供のころ
の「私」が階段を下りてゆき、「何かを言っているようだが聞こえない」。「君達」
が言ったことも、子供の「私」が言ったことも「潮騒のような松風がざわめいてい
て聞き取れない」。潮騒のような松風は昔と今の間を吹き抜け吹き続けている。
そんなイメージを抱いた。

 ところで、この詩に出てくる「君達」と「河川敷」の「君」とを見つつ眺めつするう
ちにある想像をしたくなる。

 「河川敷」の「君」は、遊具で遊び、お地蔵さんを一緒に見た存在であったのだ
ろう。そこで私は勝手な想像をする。河川敷も河口も前田が自分の日常の象徴
を手探りで形作ろうとする場だったと思われるが、同時にそこは、お地蔵さんを
共に見た「君」へ語りかけ、問いかける場でもあったのではないか。お地蔵さん
がいるから河川敷に来た。河口はその延長にあるから、河口に来たのではない
かと。

★「時には」
 「思い返すことはしない」とつぶやいていた母がいた。「戦争の話を一度も語る
ことなく/そこから避けるようにして生きていた」父がいた。そして「今 から逃げ
てきた」私がいる。親からそのつもりはなくとも受け継ぎ、組み込まれた「因子」
に気づいた自分がいる。「静かすぎて自分の位置がわからない」と叫びたい自
分がいる。

◇ヘボ眼(まなこ)で気ままにぶつかった幾つかの作品について感じたことを
綴ってみた。「あとがき」によると、この詩集は十年間書けなかった後の50歳
代に発表された作品で編まれたことを知った。十年間の作品三十九編。幾つ
かのパートで分けられているそれら作品群を、各々の性格で一言ずつで括っ
てしまうのは乱暴だし、気が引けるけれど、河川敷の日々、病棟の夜、花輪
沿線の町で訪ね歩くような日、民俗行事や大震災の方へ向かって言葉を立
てようとする試み、肉親と過ごした幼年期の追憶の中に自分の源を見出した
い思い、「君」や「君達」へ向ける呼びかけ・・・私にはそんなふうに見えた。

 詩を書かない者からすると、それらは夜な夜な言葉を紡いできた営みの蓄
積であって貴いもののように感じた。そこには長い空白の後の十年間という
時間的な重さ厚さも加わる。

 これからも前田の詩を見たい。それも、読者は身勝手で欲張りだから言っ
てしまえば、前田の抒情をもっと見たい。昔、詩を書いていたが、今では全く
書くことのなくなった者は、そのころと相も変わらず、抒情を含まない詩は水
気を失った果物と同じだと今も思っている。

2014年5月30日 (金)

前田勉詩集「橋上譚」を読む(2)

★「雷鳴響く夜・病む人へ」
 行頭を一段下げてからの二連目をどう読んだらよいか。文章のように読むな
ら、お収まりがつかないように感じた。しかし、「痛みに耐えながら/夜の白い時
間を数えているに違いない」や終連は強く印象に残る。秀逸だと思う。

★「花輪沿線」
 「待つ 待っている 乗ってゆく人 列車を 列車を待つ人 人を」
 これから乗ろうとする人を駅で待っているのか、到着する人を待っているのか
わからない。駅舎にいる人は大体が自分が乗る列車とか、誰かを待っている
といっていいが、その一般的な理解から書き起こして何かの意味合いやイメー
ジにつなげようと意図しているのではない、と思う。わからない。何か煙幕を張
るような感じではないか。この作品以外にも二、三感じるが、言葉を胸に秘め
ておいて、しかしそれを語らない、そんな傾向がないか。

★「峠」
 尾去沢街道踏切を通り過ぎるのは、あるいは尾去沢鉱山の「西道金山旧鉱
跡」、「山崎御山旧鉱跡」といった鉱山跡に佇むのは、雄物川河川敷や河口に
いた前田だろうか。日常への埋没感におぼれそうな日々から、新たな生活の
地に、前田は雄物川の感傷を持ってきただろうか。同じ感傷を抱きながら異邦
人として町を歩いている。どこか探訪するような眼差しも感じさせる。この日々
にどのような新たな意味を見つけるか、詩はその意味と出会っただろうか。

★「ウミネコ」など
 東日本大震災に関連した作品もあった。テーマとしてはとても難しいのでは
ないか。それでも書いたということに、前田の詩作への思いの強さを感じる。
川シリーズより後年の作品と思われる。川シリーズで書いた日常へのこだわ
りから抜け出ようと試行している必死さを感じる。

 「ウミネコ」。震災後に女川に来た。ウミネコに見られているのが「何もできな
い私」だとしても、直接自分の目で見た被災地の様子は記憶に残るだろう。そ
れがいつか若い人や幼い子に語る日があるだろう。

★「その日」以下
 Ⅴには肉親の死や弔いの時のことが書かれている。それらは川シリーズとは
違って、幼少時の自分や母親の追憶がある、兄たちもいる。それらは黒いシル
エットとなって映る。「石畳」はいい作品だと思う。それは自分の存在を日常の
中に探そうとする“もがき”から解放されているからかもしれない。

2014年5月29日 (木)

前田勉詩集「橋上譚」を読む(1)

 5月中旬、送られてきた詩集は立派なものだった。帯の色に使っている青は空
を映す川のようだ。帯の文字の白はさざ波かもしれない。カバーを外して表紙を
出すと、そこには日本海に沈もうとする夕陽が見えた。

★「川流れて・生」
 「岸辺に・・・絡むようにして浮遊物がゆっくりと渦巻き/滞留している/あれは私
なのかもしれない/過去の私も今の私もグルグルと巡り/巡ることで生を確か
め/渦からはじき出されるのを待っている」。

 この情景は「河口」では次のように表現される。「流されてきた木片が/川と海
がぶつかり合うあたりで/揉まれ/海へ出ることを躊躇している」と。川の淵や橋
脚のあたりで目に見えてくる浮遊物も木片も、脱色したビニール屑も、それらは
日常が生み出す滓(かす)のようなものであり、またそれは自分でもあると吐露
している。その渦から抜け出そうとするかしないかの間に漂っている。

 「朝」、「川霧立ち込める朝に」にも、前田が情景に自己の心象を投影させる巧
みさがうかがえる。そして冒頭の作品の情景は詩集全体を彩る象徴でもあるよ
うだ。どこか物憂い、独り言のような、孤独なトーンが流れている。

★「河口」
 何度ここに立っただろうか
 少年のようにもがいていたときであったか
 少女のように夕陽に憧れていたときであったか
 今の自分の
 始まりの位置を決めたときであったか
 

 川床を這うように
 私の時間は流されてきた
 (略)
 あの木片のようだ

 抒情を感じさせる数行ではある。けれど、「・・・であったか」といってしまえば、 
あっさりと遠い記憶として一瞥してそれで終わりになってしまう淡泊な慨嘆にな
っている。その流れに「そんなものさ」が投げやりな気分を乗せている。

 しかし、それでも前田は何度も河川敷に来る。河口に来る。人の日常や営為
を、波が洗い川の音がかき消す世界に。日常は生活臭のする家や勤め先や隣
家等などの中に見ようとすればいくらでも見えるはずだが、そうした日常の生活
空間から抜け出して、河川敷や橋や河口のあたりまで来る。

 前田の詩作の現場はそこにあるようだ。昨日と変わらない日常の中に埋没し
ている中から自分を掬い取ろうするかのように言葉を探している。誰にも聞こえ
ない声で、呻きつつ。

★「河川敷」
 お地蔵さんに会いにくる。「君」の心の中にもその姿が残っているのではない
か、と問いかける。いま、私はそれを見ている。君と共有していたものに会いに
くる。君が遊んだ遊具は取り替えられたがお地蔵さんは今もそこに立っている。
お地蔵さんについては後でまたふれる。

★「朝」
 白鳥の物悲しい声のする朝、今日は特別な日か? 単に一日がカウントされ
るだけか? 日々の同じ相貌の中に埋没してしまわない特別な日・・・六十歳
の誕生日も「一万数百回目のいつもの物憂い朝でしかない」。一日の始まりと
いう実感を失っている。そこを突き詰めて書き刻んだ作品だ。「かもしれない」
という非断定のあいまいで中途半端な位置に佇んでいる。落ちるでも飛ぶでも
ない中空にいる自分を、目をそらさずに見ている。

★「川霧立ち込める朝に」
 昔、車両の連結部分の隙間から白鳥の飛ぶ姿を見たことがあった。その情
景を、今、白鳥を見ながら思い出している。前田はそこにも日を重ねている自
分を反射的に見出す。そんな自分を白鳥に見透かされているようだと書く。白
鳥の物悲しい声は前田の声であったかもしれない。しかし、物悲しさの正体が
何なのか前田は書かない。ただ自分と重なって見える白鳥をずっと見ている。
飛ぶ白鳥の描写がよくわかる。


 

« 2014年4月6日 - 2014年4月12日 | トップページ | 2014年6月1日 - 2014年6月7日 »