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2014年12月28日 - 2015年1月3日

2015年1月 2日 (金)

マーセル・セローの「極北」を読んだ

★中央公論社2012年4月刊。中からひょっこり貸出票が出てきた。
私が借りる1カ月前に図書館から借りた人がいたようだ。村上春樹
の訳がいい。全然翻訳であることを感じさせないほどだ。巻末にシ
ベリアとアラスカの入った地図がついているが、そこにはエヴァンジ
ェリンの地名は出ていない。架空の街かもしれない。

★極北、寒々しいタイトル。最果てというと日本なら北海道宗谷岬。
その北には樺太、千島列島、シベリア、北極海・・・。何を展開して
見せてくれるのか。長編小説を、前にしたときは、登山しようとする
気分に似ている。どんな風景が広がり、どんな道が待っているのか、
そしてどんなピークを踏むことになるのか・・・。

★主人公の父親たちがアメリカから渡ってきて建設した街エヴァン
ジェリン。この郊外に、土地や食料を求めてロシア人や中国、ウズ
ベキスタンなどから難民が移り住むようになり、やがて住民のテリ
トリーを侵し、暴行を働き始める。住民たちは街を守ろうとするが、
考え方の違いで分裂し、住民同士が争うようになり、主人公の父
親も殺される。暴虐の跡があちこちにある殺伐とした光景。誰も
いなくなった廃墟にたった一人残った主人公が巡邏するシーンか
ら話が始まる。

★エヴァンジェリンがどこにあるのか、また、主人公はこの街を出
て長い旅路につくが、その旅程を追跡しようにもほとんど分からな
い。巻末には地図があるが、数千キロを移動したりする話で、茫
漠としていてつかみどころもない。人がいるとすればツングース系
の人たちで、他にはトナカイくらいか。小説の終わりころになるとア
ラスカの町の名前も出てくる。

★世界地図のシベリアやアラスカには幾つもの都市の名が見られ
る。そこに住む人たちは、寒冷な気候、食糧事情、暖房燃料の確
保、隣りの町への交通、娯楽など、多くの日本人には全く想像も
できないような環境の中で生活をしているのだろう。冬はマイナス
30度とか50度とかの酷寒の世界だ。ただ、小説で主人公は極
北はどのような観点から見ても「凍りついた土地」からはほど遠い
と思っている。春、主人公はトウモロコシ、ほうれん草、キャベツな
どさまざまな野菜の種をまく。菜園のプランを練り、花の種もまく。
そんな土地だという。そんなことがシベリアでもできるという生活の
一端を、小説は垣間見せてくれる。

★主人公は、街に隠れ潜んでいた少女を発見し、二人で暮らし始
めるが、少女は身ごもっていた赤ん坊とともに死ぬ。二人の死後、
誰もいなくなった街で主人公の哀しみは絶望に変わる。夏の終わ
り、湖にボートを漕ぎだし、入水自殺を試みる。しかし、死にきれず
に水面に浮き出た時に、偶然、飛行機が山の中腹に激突するの
を目撃する。飛行機を作れる人々がいることを思い、飛行機の飛
んで来た方角へ向かって長い旅に出る。やがて囚われの身となっ
て地獄のような日々が数年間続く。

★極北の、文明から離れた環境の中でも、今そこにあるものを使っ
て生き抜くタフさ。見たことを見なかったことにはできない剛直さ。
降りかかった火の粉は振り払う誇り。容赦なく地獄に引きずり込む
ストーリー。

★小説はやがて「放射線」に汚染された街に読者を連れていく。そ
の前から近くの土地に生えるキノコ、草を食む動物などを食べるこ
とはもちろん、暖を取るためこの土地の樹木を焼くことも煙が有害
であるため禁忌とされていた。住民が避難して去ってしまった無
人の街に防護服に身を固めた人間がいる。このあたり、チェルノ
ヴイリ原発事故を想像させる。

★二つの街。住民たちが外敵から守るために立ちあがったが、分
裂し崩壊した街と、放射能で汚染された街。その二つの廃墟。内乱、
戦争、原発事故、放射能で汚染され、廃墟となった世界。小説は極
北が舞台だが、日本にはフクシマがあった。メルトダウン、除染、汚
染水、海洋流出、戻れない故郷・・・。いまもなお、汚染の心配は消
えない。原発事故の後処理に働く作業員たち。

★高度に発達した文明の利器に頼らない生き方・・・。故障しても普
通の人間でも修理できるような機器ならいいだろうが。文明が生ん
だ飛行機、原発。それをコントロールできなくなった人間。放射能に
汚染された街で防護服の人間に使役される人間(囚人)たち。文明
に使役される人間と読める。

★国内でなくても、もし大陸とか朝鮮半島で原発事故が起きれば、
偏西風にのって汚染物質が飛来するだろう。日本をはじめ原発を
持っている国々の使用済み核燃料は今後どのように扱われていく
のだろう。土壌を、地球を汚染しはじめる日・・・。

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