« 2015年5月3日 - 2015年5月9日 | トップページ | 2015年8月16日 - 2015年8月22日 »

2015年5月24日 - 2015年5月30日

2015年5月30日 (土)

太平山、再会登山(2)

 山頂には十時四十分に着いた。所要時間二時間二十分、これは
私の新記録となった。南の方を見ていたノダさんが鳥海山はどこだ、
と聞いてきたので、遠くに目をやるとうっすらと雪の筋を散らした山
容を認めたが、彼は自分で言うように視力が落ちているようだ。西
の宝蔵岳方面を向いたベンチに座ってお昼としたが、彼の食糧の
少なさが気になった。また、さっき御手洗に着いたとき以外に、彼が
水を飲む姿を見なかったことも気になった。そのことを尋ねると、水
筒などないし、御手洗で飲めばそれで十分だという。熱中症や日射
病が心配でないのかと聞くと、ぜんぜんと意に介しない様子。それっ
てヤバくね? となぜか若者言葉が出てきそうだった。そういえば、
途中で私がアメを差し出した時も、そういうものは口にしないので気
にしないでくれといっていた。私は隣にいるのがマタギか修験者であ
るかのようにノダさんの横顔を見ていた。

 昼食の後、方位盤のところで山座同定し、いつだったかの弟子還
岳の鎖場を下るときの恐怖や斜面上の谷側に傾いた細道を行くとき
の平衡感覚の不安のことなどを話して、互いに年とったよなあと笑い
あった。

 下山は登りの二人とすれ違っただけだった。御手洗でまた清水を
飲んだ。広場の端に立つ二体のお地蔵さんには新しい赤の頭巾や
衣がかかっていたが、よく見ると右の大きい方が左に傾きすぎてい
て不安定だ。ノダさんも、いやに寄り添いすぎてるなあと眉を寄せる。
しかし、ここで元に戻そうなんて手をかけてしまえば、思いもよらない
事態になりかねないから、何事もありませんように、誰か何とかして
くれますようにと他力に祈りつつ御手洗を後にした。

 ノダさんは下りは下手なんだよと言った。オレもだよ私。気がつくと、
もうセミが鳴いている。やがて弟子還沢の音が近づくと、それが汗を
出し切った身体の中にしみこんでくるようだ。杉の大木の脇を通過し
た。彼は、杉はいいなあと言った。たしかに今見た杉は存在感があ
って立派だ。何十年、いや百年以上もここに立って私等のような登
山者を見下ろしてきたに違いない、などと人格化してみたくなる。そ
の後も、ゆっくりしたペースで黙々と下ってゆくと、沢の音はますま
す大きくなってくるのだった。

太平山、再会登山(1)

 二週間前から日にちを合わせては、天候や互いの都合などで日
延べしていたが、ようやく差支えがなくなって太平山に出かけること
にした。

 ノダさんとは三年ぶりの再会だ。若かった日、秋田駅前から仁別
国民の森まで定期バスが運行していて、終点から登山口のある旭
又までは林道を三、四十分かけて歩いた。当時、春先の林道脇に
一か所ミズバショウが咲いていた。このところ雪解け時期に来たこ
とはないが、今年も咲いたのだろうか。一緒に登った最後は十年
以上も前だったろう。

 彼も今日は今年初めての太平山だという。歩き始めに「二時間で
着けるな」という言葉を聞いた途端、彼が並はずれた健脚の持ち
主だったことを思い出した。待て待て、三十分は余計に見ないとオ
レは着かないよと抗ったが、先が思いやられる一言だった。おまけ
にさっきコンビニで買ったスポーツ飲料は店内のトイレに置き忘れ
ていた。しかし、幸い水筒の水はあるから途中の御手洗(みたらし)
で補給ではできる。

 ノダさんは小股ですいすい歩いていく。先行の若いグループや
早くも下山してきた人の誰彼なしに声をかけ、傍らを難なくすり抜
けていく。自分も続く。が、先ほどからいつになく汗が大量に噴き
出てくる。彼に遅れまいと普段以上にペースを上げているためだ。
私に気を遣って休憩を入れようかと声がかかる。では、お言葉に
甘えて、とアメを舐めたりドライフルーツをかじったりして水を飲む。
そして、登り再開。甥と登るときに私が彼を待って振り返るときの
ように、今はノダさんが私を振り返る。彼の歩調を抑えようと何か
と話題を投げかけてみるが、いっとき近づける程度で、話が終わ
ると再び離されている。

 御手洗に到着。柄杓ですくうと水が揺れて容器の金色の光が
踊った。その清水をごくごくと飲む。水筒にあった水は捨てて新
しい水で満杯にした。ここまで登ると周辺のブナは高々とそびえ
ている。地中の根から吸収した水を、のけぞるようにして見上げ
るあの高みの、数百の梢についた無数の葉が吸い上げる生命
力は、人間の遠く及ばない神秘的な力だ。その営みが今年もす
でに始まっている。

 ジグザグについた路が樹林帯を抜けると日が当たるようになる。
尾根に出て、今年も鐘を鳴らした。足元にシラネアオイが群生し、
ゴゼンタチバナやイワカガミも咲いている。沼地ではカエルが包接
している。今年も春が来たよ。

 去年、知り合いと登った時、このあたりでコシアブラを採ったとノ
ダさんが言った。それって木なのか? その葉っぱを食べるのか? 
どうやって? 木の葉の山菜ってあるのか? と私が畳みかける。
ああ、天ぷらにしたよ、初めて、といって、やがて二、三分歩いてか
ら路の脇の木を「コシアブラって、これでなかったかな」と彼が指
差したのはナナカマドだった。コシアブラが山菜であることを知らな
い者と、ナナカマドをコシアブラだという者同士だから、どうも話が
締まらない。この年頃になって山菜とりを始めようなどと思わない
方がいいよ。間違って変なものを食べて死んでも始まらんし、クマ
に襲われるのもバカらしい。これで二人の山菜音痴の話は落ち着
くところに落ち着いた。

« 2015年5月3日 - 2015年5月9日 | トップページ | 2015年8月16日 - 2015年8月22日 »