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2016年8月28日 (日)

寺田和子さんの「七時雨」を読んだ

 書肆えんから贈られてきた詩集。

 平易な言葉で表現されていて、読んでいて不思議な心地よさを感じていた。

 ヨーロッパを旅したときの印象を書き留めた詩数篇。第二次大戦の跡を訪れ
て、乳頭の森がフラッシュバックする詩。また、原爆のヒロシマが胸に去来する
作品や、フクシマ原発事故のあった年を挟んで、二度訪問したドイツで、自然
エネルギーに転換しようとする動きを感じる詩もあった。詩集の前半は、この
ように旅先での写真を見るようだが、同時に日本のありようにも立ち戻る時代
感覚。

 グリム童話に出てくる町を訪問した時の詩。町の様子に童話の世界を重ね
合わせて組み立てている。そこに感性の柔らかさを感じる。「ハーメルンの鼠
捕り男」や「パン焼きがま」は、とてもいいと思った。異なる時空間を書き分け、
行き来できる巧みさを感じる。

 中ほどに収められている詩には、人生を振り返りつつ、これから迎える日々
への静かな意志が書かれている。そしてその詩の中に幾つも植物の名が出
てくる。「雨に打たれ、風に揺れ」の最終連には次のように書かれている。 
  木や 草や 生きて在る
  すべてのものたちと ともに 
  わたしも
  一日 一日 重ねよう

 だから、その季節の花や草をみればその名前を呼ぶ。水仙、ネコヤナギ、
ハギ、キキョウ、ナデシコ、秋のナナクサ。

 「社会の窓」、「七時雨は」、「七時雨山荘にて」は、山に登った時の情景が書
かれている。「七時雨山荘にて」は、同行した人たちは年齢もばらばらだが、心
置きなく交わえる親しみ深さが感じられて、読んでいてさわやかさを感じた。

 言葉に余計な力こぶがはいっていないから、読む側も、力を抜いて読んでい
ける。滋味に満ちた、いい感じの一冊だった。

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