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2017年5月30日 (火)

「リヴァイアサン」を読む

 ポール・オースターの小説を柴田元幸が翻訳している。
 主人公ピーター・エアロン、友人ベンジャミン・サックス、サックス
の妻ファニー、主人公が再婚した妻アイリス、独創的な行いを芸
術と考える女性マリア、マリアの友人リリアンなど。
 「私」が自分の日記を書いていくように、友人のサックス、その妻、
その友など交友関係のいきさつを語っていく。シーンの中での自分
と話相手の心理を読み、説明していく、それが丁寧に書かれてい
ることから、次の行動の理由に説得力がでているし、登場人物の
人物像が明瞭になっていく。様々なエピソードがドキュメントふうに
述べられていくうち、その挿話の内容がこんなのありか?といった
ことにも必然性が具わってくる。小説は、爆死したのがサックスだ
との確信を抱いた部分から始まる。友人が階段から転落し、九死
に一生を得て、その後小説を書き始めるあたりから、俄然、話が
緊迫してくる。どの小説でもそうだと思うが、どんな終わりに向か
っていくのかを意識させる部分というのがあると思うが、この小説
の場合はこの辺りから。
 主人公でもサックスでも、妻以外とのセックス行為がその後の男
女関係の深化に繋がっていく様子が書かれている気がする。こうし
た男女関係は日本でもそうかもしれないが、自分及び周りをみわた
すとなかなか現実味が薄く、実感がわかない。この小説では主人
公とサックスの妻、サックスと妻の友人、こうした男女の交錯した関
係が小説をよりドラマチックにしている。
 終末のサックスの逃避行とリリアンとその娘との三人の生活の緊
迫感はいいし、客観的な記述にして抑え気味に女神像連続爆破事
件の報道を伝えているのもいい。最後に、この小説自体が、主人公
が自分の書いてきたこの小説を、自分のところにも来た捜査官に
手渡した、という結末には唖然とさせられた。つまり、この「リヴァイ
アサン」という小説が主人公の書いた小説だというのだから、読者
としては、やられたという感じになる。
 この小説の中にもヘンリー・デビッド・ソローがでてきた。「ソローこ
そ彼(サックス)の範であった。ソローの『市民的不服従』がお手本と
してなかったら、サックスがああいう人間になっていたかどうかも疑
わしい。これは・・・生に対する接し方全体、容赦ない内なる自警とも
いうべき姿勢の話だ。サックスは私に、あごひげを生やしているの
は『ヘンリー・デイビッド・ソローもはやしていたから』だと白状した」。
こうして引用しても、ソローについて人に語れるものを自分は持ち合
わせていない。「森の生活」を何度読もうと挑戦したことか。そのた
びに、10ページも進めないうちに敗退してしまった。翻訳者をかえ
ても同じだった。
 柴田元幸の訳はよかった。柴田は末尾にポール・オースターの作
品を概括して書いている。参考になりそう。
 最近、長篇物はあまり読んでいなかったので、この小説は、ボリュ
ーム感があり、歯ごたえがあってよかった。楽しめた。
 

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