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2017年11月26日 - 2017年12月2日

2017年12月 1日 (金)

「空にみずうみ」(佐伯一麦)を読んだ

 みずうみに空が映るというなら分かるが、空にみずうみとはどういう
ことかと、謎ときのような題名だと思った。
 舞台は東北南部、主人公早瀬は作家で、住まいの近くにある野草
園は、所どころ、地滑り地帯の地盤が崩れたり弛んだりしていて立ち
入り禁止になっている。知り合いの新聞記者は三週間かけて東北南
部の沿岸部を歩いて巡った。三年前の春に地盤が二度にわたって沈
下した。三年前から画眉鳥の声を聞くようになった。
 そんな背景から、東日本大震災が三年前に起きて、その被災地か、
その近辺の土地が舞台ではないかと想像しながら読み進めた。
 作家の早瀬と染色家の柚子(ゆずこ)の日々が丹念に記されていく。
 この小説の中では鳥も虫などいきものや、人の使う道具や、早瀬た
ちの友人、隣人、近所のこどもなどが、日々の生活の中で互いに交わ
りながら生きている姿が丹念に描かれている。アオバヅクとその啼き
声、ヤブサメ、水琴窟の音、ブレーカー、中性線、スギナ、ハコベ、ヤエ
ムグラ・・・。人が日々生活していくということは、そんなふうにも多くの
生き物やものに囲まれ、それを大事な道具として使ったり、ちょっと見
つけてから気になって観察したり、二人で話題にしたりして送っていく
もの。柚子が韓国で個展を開催するときは韓国の友人の助けを借りる
し、早瀬が昔電工事で生計を立てていたことから、隣家の電気トラブル
を助けに行ったりしていく。
 重複するが、日々、目にし、耳にするものに丹念に向き合って、友人
たちともゆっくり交流し合っている姿は、今の自分にはないが、どこか
幼少時の日々が今続いていればこんなふうにもなるかもしれないとい
う感じもある。ある意味単純で簡素な生活で、自分の意識や感覚が外
へ開いていれば、いろんなことに感応するものなんだろうなと思う。い
い感じの小説。
 「かなかな」の中に次のような部分。「世の中では、大きな話ばかりが
されていた。立場の違い、考え方の違い、住む場所の違い・・・、などな
どによって対立するしかない、矛盾を含んだ大きな話が、次々と話題
の中心となっていった。大きな話は、しばしば疲労と徒労感、それから
無力感をもたらした」。復興を語るときに堅苦しい言葉でしか語れない、
本音とは噛み合わない言葉で語られている、そんなことを言っているの
かもしれない。雑談できる場や相手がほしい。柚子は、以前のように雑
談できる日を待望する。
 日々の生活で出会う小さなもの、小さないのち、その愛おしさ、という
のだろうか、それを感じながら立ち去らずに立ち止まり、関わっていこう。
そんな中から、被災地であっても、日々はゆっくり流れ、多くの人や物や
いきものたちと関わり交歓しながら、豊かな気持ちでいられる。何も急ぐ
必要はない。そんなメッセージを感じた。
 大震災が数年前に起きたことが、遠回しに示されるのみで、なかなか
明示されないことが気になっていたが、それもとうとう終末になって、旧
暦で書かれた日付がその日であることで明かされる。
 早瀬の友人たちが集まったときに、一人が子供から「生まれ変わった
ら何になりたい」かと聞かれたという話が出ている。集まった人が答えて
いく。水たまりとかオオカミ、トンビ、妖怪、犬、光、何もない部屋など・・・。
自分だったら何になりたいだろうかと思った。普段ならそんな質問の答
えをパスしてしまうかもしれない。そんなふうにもどこか気ぜわしく毎日
を送ってきたんだなあという思いをもった。
 小説の始めから、早瀬たちは戸外から聞こえるブーワンブーワンとい
う音が気になっている。正体は分からない。そんな音も日々の底をつな
げている。それが低周波音であることはやがて分かってくるが、とうとう
終末になってそれが、家の寝室の壁の中にある電話関係の機器から発
していることが分かり、業者から新品と交換されたことで解決する。でも
このエピソードは何を示しているだろうか。
 いつ。突然災厄が訪れ、それまでの平穏な毎日を断ち切るかもしれな
い。そんな日々、のその場その時の事柄、物事、ひとに対して、すぐに立
ち去るのではなく、丁寧に丹念に。一期一会という言葉をふと思い出した。

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